ユーティリティーと「手段」としてのNFT

 仮想通貨市場が「冬の時代」に入り、ETHやビットコインがこの1か月間に大きく下落した。それに伴い、仮想通貨と密接な関係にあるNFT市場も大きな影響を受けた。多くの人が莫大な資産を失い、この成長市場に失望する人も数多くいたが、果たして一度バブルを巻き起こした仮想通貨・NFT市場はここで衰退してしまうのだろうか?

 他の産業に比べ、誕生したばかりで成長分野であるweb3.0の世界がここで幕を閉じることは到底ないと考える。むしろ、推測にすぎないがこうした状況を打破してくれるようなNFTプロジェクトや事業が誕生することを期待したい。また、NFT市場はまだまだ小さく、投資家や好奇心に溢れた人でしかほとんど市場が形成されていない状況で、これから一般人を巻き込んだ「イノベーション」が起こることが考えられる。

 市場は右肩下がりではあるが、熱狂ぶりは海外に限らず、日本国内でも見受けられる。6月28日にはNFT ART TOKYOが開催され、多くの人で盛り上がった。また、ゼガサミーとKADOKAWAを含めた4社は自社が所有するIPをweb3.0の時代において最大限に活かすために「オデン」というNFTサービスを企画・開発・運営する新会社を立ち上げた。

 巨大企業が大きな資本を投下するほど注目されてきているNFTであるが、本記事では原点に立ち返り、現在のNFTの価値を形成する一つの要素である、「ユーティリティ」について考察したい。投資家やNFT熱狂家が購入する際にアート自身よりも時には重視するユーティリティーであるが、それは今までどのように変化してきて、今後どのように変化していくのだろうか?

 

ユーティリティに価値が置かれなかった時代

 NFT界の重鎮ともいえるCryptoPunksはユーティリティよりも、現存するほとんどのプロジェクトよりも長い歴史があることからその歴史的価値や保有することによるステータスがCryptoPunksを保有するモチベーションになっている。また、ジャック・ドーシー氏によって出品されたツイッターの初ツイートNFTの高額落札にも同じことが言えよう。このNFTにも一番最初のツイートという歴史的価値に焦点があてられた。

 しかし、NFTが少し世間から注目を浴び始めるとその考えは一気に崩れ去った。あることが注目されていると人々はお金が動いている、お金を生み出す余地があると考える。そこで、短期のリターンを求める投機層が大量にNFT市場に流入してくることで、人々のNFTの価値は歴史的価値ではなく、急成長市場特有の大きなリスクに対する莫大な経済的リターンになった。また、供給側も需要者のニーズに答えるように、NFTの再販売やユーティリティーを通して経済的なリターンを保有者に与えることで市場で勝ち残ろうとした。

 

NFTの価値を支える「ユーティリティー

CryptoPunksのような歴史的価値があるNFTには「アート」としての価値があったといえる(ここでのアートの価値とは所有することでステータスや優越感を与えてくれるもので、保有者は価値があると信仰している状態を示しており、アートの経済的な利潤は副次的なものにすぎず、本質的な価値ではない)。しかし、今は「アートそのものの価値」がNFTの価値を支える時代ではなく、ユーティリティーがNFTの価値を支えることが主流となった。その最たる例がBAYC(ボードエイプヨットクラブ)である。BAYC保有者は古参も新規参入者も保有することで大きなステータスを感じている。

 しかし、そのステータスは「アートの価値」から誕生したものではなく、BAYCのユーティリティーとして付随してくる著名人などが多く入会しているBAYC保有者限定クラブに入っていることで生まれてくる優越感にすぎない。また、BAYC保有者は絵のIPを完全に保有することができ、一定のロイヤリティーを支払うことで商業目的に使うことができる。さらに、NFTという成長分野において経済的なリターンを期待して株式のように長期保有している人もいるだろう。実際に、Othersideといったゲーム事業も発表しており、それに関連するOtherdeedなどのNFTも無料でBAYC保有者に配られることから保有していることの経済的なリターンは現時点では小さいものでは決してない。

(余談であるが、BAYCの価値が全くなかった頃から保有していた人々は他の多くのNFTプロジェクトが次々と破綻していく中で、今のBAYCの大きなサクセスを予測していたという勝ち誇った気持ちが保有者に優越感を与え、保有の動機につながっているのかもしれない)

 

 こうしたユーティリティがアートより先行する状況はCryptoPunksとは異なる。世間からNFTが注目されてより市場が盛り上がるきっかけの一つをBAYCが作った以上、批判するつもりは微塵もないが、果たして対面イベントやグッズ購入権、先行アクセス権などをユーティリティと押し出しているBAYCを含めた現在のメインストリームのNFTは社会に良い刺激を与え、イノベーションを引き起こすような使われ方をされているのだろうか。

 この答えは誰にもわからないが、一つ指摘できることは現在のほとんどのNFTは「目的」としての使われ方をしており、多くのプロジェクトはNFTを売るということが最終的な目標になっている。しかし、一歩引いてNFTをある目標を達成するための「手段」として見た時、NFTならではの使い方とユーティリティが発見されると推測する。

 

NFTが可視化させるブランドへのロイヤリティー

 ここでは、視点を変えてBAYCといったコレクタブルNFTではなく、既存の企業のためのNFTとそのユーティリティのあり方について考察したい。

 今まで、企業がブランドロイヤリティーの高い顧客を見つけ出すためにはどのような手法があっただろうか。ポイントカードや会員登録などが主流だったかもしれないが、それぞれロイヤリティーがさほど高くない顧客でもポイントカードは作るし、会員登録もする。顧客単位でロイヤリティーの高さを把握できている成功事例は航空会社のマイレージクラブである。しかし、管理システムを構築するには莫大な費用がかかり、中々他の企業は模倣しがたい。

 企業がロイヤリティーとエンゲージメントが高いユーザーを特定することは重要である。ごく一般的なユーザーに比べてサービス使用頻度や購入頻度が多い分、社員よりも客観的に何が足りないか指摘ができ、彼らの行動を分析することも新しく有益な発見につながる。

 NFTはロイヤリティーの高い顧客を見つけることに長けている。まず、現時点でのNFT市場フェーズを踏まえると、NFT購入者が投資層が多いといった偏りはあるが、ブランドロイヤリティーが高い顧客と定義することはできる。また、NFTの価格帯を分けることで階層的にブランドロイヤリティーの高い順にグループで顧客を分けることが可能になる。

 これに付随するユーティリティーはアパレルブランドであれば、先行アクセス権やレアグッズの配布、対面イベントなどブランドのファンにとって有益なことでなければならないが、ユーティリティーがNFTの価値を担っているわけではない。人々はブランドに共鳴してNFTを購入すると思われる。さらに、NFTのユーティリティー次第ではブランドマーケティングにもなる。対面イベントを行えばその雰囲気やカラーがブランドに反映するし、NFT保有者限定のアイテムを贈呈すれば、洗練されたイメージを与えることに寄与できるかもしれない。

 

 たしかに上記の「手段」としてのNFTの使い方はNFTがなかった時においても実現できたと思う。しかし、システム構築や管理費用を考えるとNFTの方が効率的だという視点から考察をしている。NFTという新しい技術が社会を豊かにするポテンシャルがあるということは議論されているが、具体的にどのように使われることが一番望ましいのか、本メディアの一つの課題として探していきたいと考えている。